長時間労働や残業が発生するのは誰の責任か?

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こんにちは、シーウィード@こびとが見える経理マンです。

最近はもっぱら「残業」とは無縁の世界で生きております。

過去9年、長時間労働をし続けてきたことを省みて(体調も崩しました)、今や残業しない生活を心がけているわけです。

そして、実際に9ヶ月間残業ゼロを続けることができて、ふと思いました。

長時間労働とか残業って、誰のせいで発生してるんだろう?

 

長時間労働や残業の責任は誰にあるのか?

よくある切り口ですが、次のように分けて考えてみたいと思います。

  • 自分でどうにもできない問題
  • 自分でどうにかできる問題

自分だけの力ではどうすることもできない問題というのは、まさに組織的な問題であり、この意味においては長時間労働や残業の責任は労働者個人にはありません

一方で、自分でどうにかできる問題というのは、個人の資質に関わる問題であり、この意味においては長時間労働や残業の責任は労働者個人にあります

なお、本題に入る前にハッキリさせておきたいと思うのですが、この記事でいう「責任」というのは何らかの法的責任を指しているわけではなく、「道義的責任」という意味合いが強いです。要するに、

  • 原因は誰にあるのか?
  • 非難されるのは誰か?

という程度の意味です。それでは本題に入ります。

 

(1)組織的な責任

恒常的に発生する長時間労働や残業が「自分の責任ではない」とするならば、その責任は「会社組織」にあると考えるしかありません。

 

①経営陣の責任(ビジネスモデル上の問題)

真っ先に考えられるのがこれ、経営陣の責任ですね。

会社経営において強力な権限を持つ彼らが構築した会社組織ビジネスモデルに問題があって、構造上、長時間労働や残業が避けられないということです。例えば

  • 各部署の業務ボリュームが適切に把握できておらず、人員配置がめちゃくちゃ
  • 経営難に陥っていて、そもそも全社的に人材不足
  • 労働者を搾取することで利益を絞り出し、経営陣や株主に対する利益還元を最重視する企業文化
  • 極端な顧客第一主義で、24時間対応や超低価格商品・サービスを提供
  • 職人工場や士業など「一人前になって独立するまでの間、仕事を覚えられることこそが報酬である」という丁稚奉公文化

例をあげだすとキリがないですね。

このような職場にいる場合、長時間労働の問題に対して労働者個人として抗うのはかなり難しい状況です。それこそ経営サイドとしては「(長時間労働や残業が)嫌なら辞めろ」というだけでしょうから、言葉通り話になりません。

この「嫌なら辞めれば?」という経営陣の思いはそのまま数字に表れます。こういう企業は常に離職率が高いのですね。いつどんな時も人材を募集しているので、はたから見るとすぐに分かります。

このような観点から、転職する気がなくても転職サイトに登録して市場観察するのは結構参考になります。

  • 業績が好調で人材を増やしているところ
  • 組織的な問題があっていつも人が足りないところ(離職率が高すぎる)

これが見分けられるようになってくるからです。

転職広告ですから、どちらのパターンでも耳障りの良いことばかり謳っているのは変わらないのですが、募集をかけてる期間がまったく違います。優良企業は必要な人員を確保できたらすぐに転職市場から姿を消しますが、問題のある企業はいつでも転職市場に残り続けています。なぜなら、人がすぐに辞めてしまうからです。

私の知り合いは人材派遣業界のとある会社に在籍していたのですが、その企業は1年中急募をかけているような企業でした。案の定、内部は問題だらけで人がバンバン辞めていくので、募集を止めることが出来なかったのですね。

私の知り合いも、自分ではどうにもならない長時間労働を理由に、1年も経たずに転職することになってしまいました。

 

②部長やマネージャー等の責任(チームマネジメントの問題)

次に考えられるのが、部長やマネージャーといった管理職の管理責任です。

先ほどの事例とは異なり、経営上の問題は特にないものの、管理者の個人的な資質によってチーム全体が長時間労働を強いられるという状況です。ありがちなのが次のようなタイプです。

  • 根っからの会社人間で、長時間労働で成果をあげて出世してきたタイプ(部下にもそれを求める)
  • 自分の上の役職者が帰らない限り、自分も帰らないというタイプ(部下にもそれを求める)
  • 社内調整力がなく、他部署からなんでも仕事を引き受けてしまうタイプ

このような方が上司になると、チームメンバーは途端に長時間労働を強いられるようになります。

会社自体は長時間労働を求めているわけではないのですが(むしろ、長時間労働を抑制するように本人に働きかけていることも多い)、社内で問題になるギリギリのラインまで残業し続けます。「残業はしょうがない」と思っていますからね。

サラリーマンは組織の歯車ですから、自分の上にいる歯車が回る限りはそれに従って自分も回り続けなくてはなりません。現場の責任者たるマネージャーが「残れ」と言うのなら、それに抗うのは難しいですよね。

こうなってしまうと、部署やグループを変えてもらうか、特殊な個人事情(体調を崩すなど)がない限り長時間労働は避けられなくなってしまいます。

 

(2)個人的な責任

上述した「経営陣の責任」や「管理職の責任」とは異なる視点です。

残業が発生してしまうのは、労働者個人の「能力」が足りないか「姿勢」に問題があるという観点です。

 

①能力の問題

大前提ですが、(よほど業務配分に問題がない限り)与えられた仕事はしっかりこなす必要があります。サラリーマン稼業は、個人と企業間の労働契約によって成り立っているものですから、契約は遵守しなくてはなりません。

この契約を履行する能力が欠けてしまっている場合、残業が発生するのはその労働者個人の問題ということになります。そこも含めて責任者は管理職だ!という意見もあるとは思いますが、それは程度問題です。

定時内で仕事を終わらせたいと思うのなら、自分の業務に係る

  • 意思決定のスピード、正確性
  • 事務処理能力
  • スケジュール等の管理能力

は必須です。どれが欠けても時間内に仕事を終えることは難しいと思います。

 

②姿勢の問題

もう1つは姿勢の問題です。仮に能力があったとしても、残業そのものを許容する姿勢をとっている限りは残業は決してなくなりません。

  • 自分だけ先に帰るのは気が引ける。仲間のサポートをしないと
  • ルーティンは終わったけど改善課題は残ってる。こっちにも手をつけないと
  • 頑張ってるように見られて評価されたいから、遅くまで残ろう
  • 残業代を稼ぎたいからダラダラやろう
  • なんか帰りづらい雰囲気だからみんな帰るまで待とう

残業をやめられない理由残業を正当化する理由は探せば探すほど出てきます。

このような理由に蓋をして、

時間内の成果を最大限にすることだけを考えられるかどうか

それが労働者個人の姿勢の問題だと思います。

(残業はしばしば「責任感」という言葉とともに表現されることがありますが、「残ること」を責任感の現れと捉えてしまうようでは、永遠に長時間労働からは解放されない気がします)

 

残業=組織の責任という報道に目が曇っていた

さて、私個人に関して言えば、体調を崩すまでやった過去5,000時間もの残業の責任は一体誰にあったのでしょうか?

私の反省では

  • 残業をやめる前の認識:会社の管理責任だ!
  • 残業をやめた後の認識:自分の能力と姿勢による部分も大きかった

ここ最近、いわゆるブラック企業の問題が世間を賑わせています。

電通の事件もそうですし、ヤマトの配送問題もそうです。テレビを見て、このような問題を目にしないことの方が少ない世の中です。そして、マスコミで報道されるような問題というのは、すでに労働者個人の問題ではなく「組織的・構造的な問題」であることが多いです。

長時間労働・残業は、会社の責任

という風潮です。だからこそ、政府も働き方改革に着手しているのでしょう。個人でどうこうする問題ではなく、社会で取り組むべき問題だという認識です。

 

これらの報道に触れるうち、いつの間にか私自身もこのように感じていたのです。

自分がこんなに残業で忙しいのは会社のせい

しかし、いざ残業をやめてみたらそれほど大きなハードルなく、残業をやめられてしまったのです(今のところ、ですが)。冷静に分析するならば、私の職場は世間で騒がれているような大問題を抱えている職場ではありませんでした。どこに一番残業の責任・問題があったかというと、

自分の姿勢

です。結局、周りの雰囲気に流されて、自分が何を大切にしなければならないのかを見失い、誰が自分の人生を守れるのかを忘れてしまっていたのだと思います。

こびと株.comメンバーのフルーツもリクナビネクストのプライベートオファーを利用して受け身の就職活動するなかで気づきがあったそうです。自分たちの残業は、自助努力でどうしようもできないほど大きな問題ではなかったと。

色々な会社を比較するなかで、すべてを会社が用意した労働環境のせいにし、長時間労働をなくすための努力を怠っていた自分がいたことに気がついたそうです。

 

結局、雑なまとめをすると残業代や出世の機会、社内での評判を代償にすれば、帰ろうと思えば帰れる状況にあったわけです。何も、鎖で物理的に拘束されていたわけではありません。残業をやめられなかったのは、自分の時間や健康よりも賃金と評価・評判を優先した結果に他ならなかったということです。

「問題が自分の外にあると考えるのなら、その考え方自体が問題だ」

という言葉がありますが、まさにこの言葉通り、問題は私たちの中にありました。

 

まとめ

長時間労働・残業の問題は

  • 自分でどうにもできない問題
  • 自分でどうにかできる問題

に分けられます。

自分でどうにもできない問題というのは、経営陣の責任であり、組織構造上の問題であったりビジネスモデルの問題であったりして、労働者個人では如何ともしがたいです。

もし、仕事漬けの人生を送りたくない!ライフワークバランスを考えたい!ということであれば、職場を変えることが有力な選択肢なのかなと思います。なぜなら、それが次に繋がる一番主体的な方法だからです。

一方で、自分でどうにかできる問題というのは、能力であったり姿勢の問題です。能力が極端に不足していると感じられるならトレーニングの機会を儲ければ良いですし、姿勢に問題があるならそれを変えるための努力をする必要があります。

もし、自分に問題があることに気がつかず転職してしまった場合、ずっと長時間労働の問題がついて回ることになります。なぜなら、長時間労働の責任は自分自身にあるからです。それに気がつかず周りのせいにし続けたところで、状況が改善することは決してありません。

 

責任の所在を冷静に見極めて、もっとも自分らしく働けるスタンスを追求していきたいですね。まだまだ道は険しそうですが、頑張らなくて済むように頑張りたいと思います!

 

それではまたっ!

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ABOUTこの記事をかいた人

シーウィード

こびと株.comのボス(役割:投資対象の選定)。「お金の話」と「健康」をこよなく愛するアラサーリーマン。一部上場企業の経理/財務部で財務諸表を作成している会計職人。40歳時点で、給与以外の収入(配当/不動産/サイト運営)を月額20万円にすることを目標に活動中。187cmの大男。